お久しぶりです。店長です。
たしか、4月の半ば頃でした。
当時私は舐達麻というヒップホップグループの音楽をよく聞いていました。リリックとビートが良いんですよね。もはやアートなんですよ。
そしてふと思ったわけです。
こんな素敵なリリックを本当に彼らが書いているのだろうか?と。見た目的に初見で吉四六な感じなんです。そんなゴリゴリの彼らがあんな繊細で美しい詩を書けるのかと疑問に思うのは私だけではないはずです。
それからいろいろと調べた結果、やっぱり本当に書いてらっしゃったみたいです。
その事実を知った時、いや凄いな!天才だな!アーティストだな!と感心しました。
そしてこう続きます。
私も、こんな素敵なリリックを書きたい、と。
それは一種の憧れでした。人を感動させたいとかそういう高尚な想いはありません。ただ単純にカッコいいじゃないですか。素敵なリリックを書ける大人って。
とりあえず、その舐達麻のバダサイさんが影響を受けたという「限りなく透明に近いブルー」という村上龍さんの小説をポチりました。そして読み終わった後、納得しました。
たしかに、影響を受けるだけのことはあります。凄い小説です。情景の生々しさ、人物の心情、詩的でリアルな表現。村上龍さんリスペクトフォーミー。
これで、私は詩人になりました。
スマホのメモ帳を開き真っ白なスペースに文字を打ち込んでいきました。思うがままに、指踊る。新しい感情に名をつけた人を、人はアーティストと呼ぶ。
そして、仕上がった私の処女作を現役のラッパーでもあるミッシーに見てもらいました。ミッシーがそれを読んでいる時、私はそわそわして、ミッシーの一言目を待ちました。
自身の作品を人に見てもらうって本当に緊張します。
ミッシーの一言目は
「これは、どういう意味ですか?」
でした。
ああ、それはこういう意味だよ
あー、なるほど。いいんじゃないんすか
他にももっと感想をくれましたが、私の心に残っているのは「いいんじゃないんすか」です。
優しい部下を持って私は幸せ者です。
ただ、ミッシーのその反応で、私には才がないと知りました。たしかに後々読み返すと、ただのダジャレの連鎖でなんか上手いこと言ってやろう感が満載でした。
なにより、ミッシーの貴重な時間を奪ってしまいエチカルな気持ちになりました。
なので、「限りなく透明に近いブルー」をミッシーに貸すことにしました。私の宝物です。本来なら自宅の本棚に飾って眺めたいほどの代物ですが、ミッシーへのお詫びと感謝、それとこれからの彼のラッパーとしてのキャリアの糧になるのであればそれはそれで本望です。
そして、今日の事です。
今、私はよくわからない方が書いたよくわからないエッセイ?みたいな本を読んでいます。これがけっこう読みやすくて面白いんです。
その話をミッシーにしている時、ふと「限りなく透明に近いブルー」の存在を思い出しました。
それは、まだ返ってきてません。
ただ、あの小説は私の心の中でまだ生きていました。自宅の本棚に飾っていたのなら年末の大掃除くらいまでその存在は忘れていたかもしれません。
「手放すことで、思い出になる」
そんな深い言葉と共に、本日も皆様のご来店をお待ちしております。
それでは。